常識にとらわれない結婚式
海岸で二人であげた結婚式

~ 本庄喬さんと挽子さん ~

いわゆる結婚式というものの中から、その実質的なよいものをくみとって、形式的なものはできるだけ簡略にしよう。私たちの問には仲人という人もなかったので、もちろん結婚後二人の問に問題が生じたときには、ご人で話し合って解決を図るつもり。そして結婚の公明な認定は、婚姻届の提出によって、じゅうぶんその目的は達せられると考えました。また私たち二人は無信仰でしたので、次のような結婚式を行ないました。

日時:昭和三十五年三月十五日午前七時十五分。
これは、私たちの誕生日が、一月二十七日と、二月六日ですので、二人の誕生月につづく三月を選びました。
場所: 鎌倉。これは、二人のはじめての出合い、および婚約の地でした。
出席者: 私たち二人のみ。

式次第:

(1) 鎌倉海岸材木座磯にて

その日 風強く、波荒し、雲多く、日の光弱し、空気冷たく、身の引きしまるような厳粛な雰囲気。

二人の服装
喬: 灰色のセーター、茶色のズボン、茶色のマフラー(悦子手製のバースデープレゼント)、ゲタばき
悦子: 黒のスーツ、薄茶のダスターコート、黒地のスカーフ(鎌倉本庄の母からのプレゼント)、真珠のネックレス、真珠と珊瑚のイヤリング(浦和近藤の母からの結婚記念プレゼント)、黒のパンプス(帰途勤務先へあいさつに寄るため)

△花束の儀理想の人にささけるという花、フリージヤとスイートピーの二いうの花束を、悦子から喬へ。

△飛び込みの儀この花束を、喬から太平洋に投下。

(2) 大町の本庄家にて

婚姻届に署名捺印の儀保証人二人には、もう二人の父親に依頼して、署名捺印はすんでおりましたので、二人で関係事項を記入しました。このとき使用の万年筆は結婚記念の品、各自の氏名と、結婚の年一九六〇年と彫ってある青と緑の二つの万年筆で、これが使いぞめ。

(3) 鎌倉市役所にて 婚姻届提出の儀

このとき、空はすっかり晴れわたりました。二人で届けました。

おかあさまの話

悦子さんは、喬の妹の友人。ご人の結婚披霞が日曜日にあたるので、生涯の記念の結婚式が公的な届け出と一致しないのはいやだと、このような式を二人であげたのです。いま伊丹にしあわせな新家庭をもっております。